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ギャラリー 八戸市

蕪島に押し寄せる津波(3月11日16時43分頃の様子)

市の鳥として指定されているウミネコの繁殖地として全国的に知られている蕪島に猛烈な勢いで津波が押し寄せ、付近に設置している八戸港湾・空港整備事務所が管理する験潮所では4.6mを観測した。
また、震災後、八戸地域防災協会から寄附をいただき、蕪島の階段に東日本大震災による津波の高さを表示した。
(写真提供:磯島富雄氏)

01_蕪島_市民提供08(磯島富雄)IMG_2319

館鼻岸壁に打ち上げられた漁船

津波により、停泊していた大型漁船が多数打ち上げられた。 館鼻岸壁は、普段は、漁港として使われているが、3月中旬から12月の間、毎週日曜日には、約300のお店が並び来客が毎週1万人以上に及ぶ最大規模の朝市や、夏には、花火大会が開催されるなど多数の来客者が訪れる場所であり、朝市では、震災以降、毎年関係者による津波避難誘導訓練が行われ津波対策が進められている。

02_3月12日館鼻漁港

岸壁に津波で流されたタンカーが衝突した様子

完成間近だったハサップ対応型荷捌き施設(A 棟)の岸壁に、流されたタンカーが衝突し岸壁が損壊した。また、A棟の魚の搬送設備などが破損したが、全壊は免れ、平成24年9月に復旧が完了し、10月から稼動開始した。

03_3月12日荷捌き施設A棟

八戸ガスに押し寄せる津波(3月11日17時7分頃の様子)

八戸ガス敷地内の製造施設に津波が押し寄せ、構内の浸水深さは約80cmで、資機材や商品のガス器具が全損したが、供給設備の被害は軽微で供給停止という事態は免れた。
(写真提供:八戸ガス株式会社)

04_製造設備へ押し寄せる津波(八戸ガス提供)

八戸港フェリーターミナルの被害の様子

ターミナルビルの損壊や防波堤の損壊により港湾内の静穏度を確保することが困難となったことなどから、八戸港~苫小牧間のフェリーが運航できず、八戸港の代替として青森港を暫定利用する状況が4ヶ月ほど続いたが、平成23年7月11日に運航が再開された。

05_3月12日フェリー埠頭

津波で破壊された北防波堤

総延長約3,500mの4割にあたる約1,500mが倒壊した。 北防波堤は、八戸港の第一線防波堤であり背後には産業が集積しており、倒壊部からのうねり等の侵入により港内の静穏度が確保できず、深刻な事態となったが、震災から、約2年4ヶ月を経て被災港湾で初めての完全復旧を果たした。
(写真提供:陸上自衛隊)

06_北防波堤(陸上自衛隊提供)

災害ボランティアセンターの様子

市では、震災直後から災害ボランティアセンター開設に向けた準備を進め、3月14日に八戸市総合福祉会館にセンターを開設した。 センターは、5月31日までの79日間開設され、被災家屋の泥出しやごみ出し作業、家具の運び出しなどの支援を実施し、ボランティアの実働数は延べ2,392人、対応件数は412件であった。

07_ボランティアセンター_IMG_0043

秋篠宮両殿下が御訪問

平成23年5月10日に被災地及び被災者をお見舞いするため、当市を御訪問されました。両殿下は、市川地区の橋向生活館において被災状況を御聴取され、被災者に対してお見舞のお言葉を掛けられるとともに、八戸漁港において被災状況を御視察され、漁業関係者等に対してお見舞いのお言葉を掛けられました。
(場所:橋向生活館)

08_5月10日秋篠宮殿下_橋向生活館訪問①

常陸宮両殿下が御訪問

平成23年6月15日に被災地及び被災者をお見舞いするため、当市を御訪問されました。両殿下は、市川地区浜地内の海岸において被災状況を御視察され、海岸防災林としてクロマツを御植樹されるとともに、被災者に対してお見舞いのお言葉を掛けられました。
(場所:市川船溜まり付近)

09_6月15日常陸宮_植樹

高円宮妃殿下が御訪問

平成23年8月10日に全国高等学校総合体育大会御臨席のため当市を御訪問された際に、蕪島において復興状況を御視察されました。

10_8月10日高円宮蕪島訪問②

ギャラリー 三沢市

停電のため暗闇に包まれる市街地

H23.3.11発災当日の夜は停電のため信号機も作動せず、市内全域が街灯はもちろん店舗や住宅からこぼれる明かりすらまったくない暗闇に包まれました。寒さの厳しい折、避難所となった学校の体育館には不安を抱えた多くの市民が避難し、小さなポータブルタイプのストーブの周りで毛布にくるまって朝を待ちました。

①停電のため暗闇に包まれる市街地

漁具等が散乱する漁港内道路

大津波に飲み込まれた三沢漁港では、漁具や構築物の破片などの瓦礫が散乱し、アスファルト舗装された道路は水流によって深く削り取られて川のようになっていました。また、多くの漁船が陸地に打ち上げられ、または係留場所の近くに沈没するなど、三沢市の漁業は大きな打撃を受けました。

②漁具等が散乱する漁港内道路

漁協事務所外観

三沢市漁業協同組合の事務所(三沢市漁民研修センター)付近には津波によって流出した漁船や漁具等が散乱し、建物自体も大きなダメージを受けたため、近くにある三川目小学校内に仮事務所を開設して被災した漁業者の方々に対する応急的な対応を実施せざるを得ませんでした。

③漁協事務所外観

漁協事務所内部

三沢市漁業協同組合事務所の内部は無残に破壊されており、被災を免れた設備・機材はほとんどなく、業務上の重要書類などもその多くが失われてしまいました。津波に襲われたとき、漁協職員は組合員である漁業者に声をかけながら、逃げ遅れる者がいないよう漁港施設周辺を見回ったあと、押し寄せる波を背にして慣れ親しんだ漁港を後にしました。

④漁協事務所内部

荷捌き施設内部

三沢漁港荷捌き施設の内部では「三沢ほっきまつり」の準備がほぼ完了しており、まつりに訪れる方々に味わっていただこうと準備した大量のほっき貝があたりに散乱していました。漁業関係者たちは津波さえこなければ大勢の入場客でにぎわっていたであろうこの場所を見つめ、悔しさの滲んだ表情で片付け作業を行っていました。

⑤荷捌き施設内部

流出した重油タンク

三沢漁港北口から下りてきたところに設置してあった重油タンクは、漁協事務所裏手の公園付近まで押し流されており、津波による水流の強さを物語っていました。三沢漁港の特色である昼イカを荷揚げするための浮桟橋は、引き波にさらわれ太平洋を渡ってアメリカ合衆国に漂着したものもありました。

⑥流出した重油タンク

港内から引き揚げられる被災漁船

漁師の魂である船が痛々しい姿で引き揚げられました。津波の襲来前に沖出しできなかった漁船の多くは水没し、破損し、航行できない状態となりました。また、沖出しできた船の上では地上にいる家族の安否を心配する気持ちがどんどんとふくらみ、漁師さんたちの不安は募り続けていました。

⑦港内から引き揚げられる被災漁船

米軍トモダチ作戦

米軍三沢基地に所属する米軍人たちは、被災直後から積極的に三沢漁港の瓦礫撤去作業に参加し、軍用の大型重機等によって道路障害物を除去するなど強力なサポートを展開してくれました。このような活動は「トモダチ作戦」と名付けられ、三沢市だけでなく、被災した多くの地域で活躍しました。

⑧米軍トモダチ作戦

アメリカ合衆国ワシントン州からの支援物資

米軍三沢基地内の体育施設には、三沢市の姉妹都市であるアメリカ合衆国ワシントン州ウェナッチ市をはじめ、同国内から寄せられた支援物資が山のように集められました。これらの支援物資は、三沢市のほか被災した東北沿岸の地域に向けて送り届けられ、被災した方々に多くの希望を与えることとなりました。

⑨アメリカ合衆国ワシントン州からの支援物資

H23.5.10秋篠宮殿下お成り

平成23年5月10日午前10時ごろ、秋篠宮殿下ご夫妻が漁を一部再開したばかりの三沢漁港を訪問されました。三村申吾青森県知事、種市一正三沢市長、門上馨漁協組合長から現地の被災状況の説明を受け、漁業関係者へ労いのお言葉を賜りました。

⑩H23.5.10秋篠宮殿下お成り

ギャラリー 階上町

被災状況

津波により流された漁網が大蛇漁港内の電信柱へ絡まっていた。
(平成23年3月12日撮影)

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寸断された道路、倒れた防災無線

津波によりなぎ倒された防災無線とがれきに埋め尽くされた県道八戸階上線
(平成23年3月12日撮影)

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災害ごみ処理の様子

大蛇漁港に集められたがれきを分別し、平成23年7月2日にすべてのがれきなどの災害ゴミを撤去した。
処理したごみの量1,123トン

⑨大蛇漁港_災害ごみ_0405_DSCF0134

住民による一斉ごみ拾い

地区住民のほか、ボランティアや小中学生など150人が参加し、重機では片づけれない場所のごみを集めた。
(平成23年3月20日撮影)

①☆大蛇地区_住民による一斉ごみ拾い_0320_IMG_0872

がんばろう!はしかみ復興市In大蛇

東日本大震災で被災した海岸地域の一日も早い復興を願い大蛇漁港で開かれた。

⑥がんばろう!はしかみ復興市in大蛇_0731_☆DSC_3934

大蛇夏まつり&花火大会

町の商工会青年部が復興を願い夜空に打ち上げられた復興花火。
町商工会青年部花火大会(平成23年8月14日撮影)

⑧大蛇夏まつり&花火大会_0814_☆DSC_5140

大蛇津波の碑

「ほら逃げろ 津波の時は 線路まで」過去の津波経験から生まれた合言葉。これが、平成23年3月11日の大津波

⑩津波の碑除幕式_3_1106_☆DSC_8649

小舟渡海岸からの初日の出

震災翌24年の小舟渡海岸からの初日の出。復興への道筋を照らすかのように水平線から力強く昇った。
また、この海岸は平成25年5月24日に東日本大震災により被災した三陸地域の復興のシンボルとして新たに「三陸復興国立公園」に指定された。

復興への道筋を照らす_小舟渡海岸からの初日の出_240101☆IMG_0738

階上中が気仙沼階上中と交流

同名校で友情を深める。 階上町立階上中学校が気仙沼市立階上中学校と野球で交流した際の集合写真。 きっかけは、被災した気仙沼市立階上中学校への手紙が同名校階上町立階上中学校に届いたことから交流が始まった。

※同名校を支援_階上中が気仙沼階上中と交流_1015_☆DSC_6755

階上灯台見学会の様子

みちのく潮風トレイル開通記念ウォークイベントの際に一般開放され、たくさんの参加者が青森県最東端の灯台に上り太平洋を見渡した。

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